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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)1476号 判決

原告 頼信文夫

右訴訟代理人弁護士 清水正雄

同 清水隆人

補助参加人 扶桑チップ工業株式会社

右代表者監査役 山内幹二

右訴訟代理人弁護士 東武志

被告 久芳大七

同 古賀嘉三

右両名訴訟代理人弁護士 中山茂宣

右訴訟復代理人弁護士 羽田野節夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、補助参加によって生じたものは補助参加人の、その余は原告の各負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1.被告らは補助参加人扶桑チップ工業株式会社(以下「参加会社」という。)に対し、各自金四五〇万円及びこれに対する昭和五五年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告らの負担とする。

3.仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨(ただし、補助参加人に対する訴訟費用の負担は除く。)

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は、昭和五六年四月二六日の六箇月前から参加会社の株式を有する株主であり、被告らはいずれも参加会社の(代表)取締役である。

2.被告ら及び黒岩寛吾は、昭和五五年九月二三日の参加会社の取締役会において、同月五日に開催された同社の臨時株主総会で同年八月九日に死亡した亡松崎治七郎(以下「松崎」という。)代表取締役に対する退職慰労金(以下「本件退職金」という。)の件につき取締役会に一任する旨の決議があったとして、本件退職金を全員一致で金六五〇万円と決議し、被告古賀嘉三(以下「被告古賀」という。)代表取締役が同年一〇月三一日、内金四五〇万円を松崎の相続人に支払った。

3.しかし、右支払いは次のとおり違法である。

(一)  臨時株主総会は、取締役会に本件退職金の額等の提案を委ねただけで、支給を一任したものではない。

(二)  仮に取締役会に一任する旨の決議があっても、それは商法二六九条に違反する無効な決議である。なお、参加会社には被告らの主張するような申し合せや内規はない。

4.参加会社は、被告古賀の違法な本件退職金の内払いにより同額の損害を被った。

5.原告は、遅くとも昭和五六年四月二六日に到達した書面で、参加会社に対し右違法な内払いをした被告古賀及び本件退職金の決議に賛成した被告久芳大七に対する損害賠償責任を追及する訴えを提起するよう請求したが、参加会社はその後三〇日を経過しても被告らに対して右訴えの提起をしない。

よって、原告は商法二六七条二項に基づき被告らに対し請求の趣旨記載の判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1.請求原因1、2及び5は認める。

2.同2、4は否認ないし争う。株主総会は本件退職金の件について取締役会に一任する旨の決議をしたし、参加会社には取締役の退職金について退職時の月額報酬に昭和二八年八月からの在職年数を乗じた金額(ただし、退職時の営業状態及び本人の功績等を勘案して一割以内の増減をする。)とする旨の内規があり、右内規に従って決定したもので違法ではない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二、同3(一)については原告の主張にそう原告本人尋問の結果は、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証及び弁論の全趣旨に照らしにわかに採用できず、むしろ、本件退職金は明示的には何らの条件もなく取締役会に一任されたと認められる。

三、同3(二)について判断する。

1.〈証拠〉によれば、本件退職金は松崎の取締役在任中の功労に報いるという趣旨を含むもので、在職中の職務執行に対する対価としての性質を有するものと認められ、商法二六九条の趣旨から株主総会がその支給を無条件で取締役会に一任することが許されないことは言うまでもない。もっとも、このことは株主総会が右退職金額を必ず自ら決定しなければならないことまで要求するものではなく、明示又は黙示的にその支給に関する基準を示し、右基準に従った具体的な金額、支払期日、支払方法などの決定を取締役会に任せることは許されると解すべきである。

2.株主総会が本件退職金について取締役会に一任したことは前記二で認定したとおりであり、しかも右決議には何らの支給に関する基準も明示されていなかったのであるから、右決議が無条件で取締役会に本件退職金の支給を一任したのかが問題となる。

(一)〈証拠〉によれば、

(1)  参加会社は、昭和二八年八月に設立されたが、取締役の退任に伴う退職金については実質的には松崎に対する本件退職金の支給が初めてで、従来慣例となるようなものはなかったこと

(2)  被告ら、松崎、関藤一(以下「関」という。)は参加会社の取締役として、昭和五一年一一月八日に開催された取締役会において、折からの不況に参加会社をどう改革、合理化して対処していくかの方策を議論した際、取締役退任の際の退職金等について被告ら主張のような申し合せがなされ、右申し合せは昭和五二年四月から実施することとされたこと

(3)  右申し合せは取締役会で決議されたものではなく議事録にも記載はないし、株主総会にも報告等なされなかったが、その申し合せ(案)に議論の過程で加筆訂正されたものが取締役会議事録綴に編綴されていること

の各事実が認められ、右認定に反する証拠は採用しない。

なお、原告の右申し合せは松崎を退任させるために提案したもので決定されたものではないとの主張については、確かに〈証拠〉によれば関と松崎との間で参加会社の経営について意見の対立があり関が松崎を退任させたがっていたことは認められるが、それ以上に右申し合せ自体に松崎らが反対して決定に至らなかったとの点については前掲各証拠及び右申し合せの内容自体からはそれが松崎の退任と一体となっていると目すべき事情もないことからにわかに採用できない。また、申し合せ内容(特に退職取締役の持株の譲渡)にそった取扱いがなされていないとの主張については〈証拠〉によれば「役員及びその家族の持株」は「本人又は代理人より買取り申出のあった」場合に役員会が引き受けるのであってそこには退任取締役側の意思が介在し、申し合せに反していると速断することは問題であろうし、持株の譲渡が株式会社において持株数の多寡はその会社支配の上からも重要な意味を持つことから他の要因が働くこともありうるのであって、その申し合せ不遵守が持株の譲渡と異なる独立した事項であり他の要因の働くことが少ない機械的算出の容易な退職金についての申し合せの不存在に即結びつくとはいえないことから採用できない。更に、申し合せが取締役会議事録に記載がないことは必ずしもその必要はないと考えられることから成立に争いのない甲第二一号証の黒岩寛吾の「正式の規定がない」旨の発言は株主総会又は取締役会で決議した成文化された規定がないという趣旨と解されることからいずれも前記認定の妨げとはならない。

(二)次に、参加会社の株主らが右申し合せの存在を知りうべきであったかについては、前記(一)、(3)で認定したとおり右申し合せを記載した文書が取締役会議事録綴に編綴されていたのだから株主らに閲覧の機会はあるし、株主総会の席上で本件退職金の決議をするに先だちその支給に関する基準申し合せの有無、内容を参加会社担当者に質問する機会もあったのであるから、株主らは右申し合せを知りうべきであったということができる。

(三)株主総会が退任した取締役の退職金の支給を取締役会に一任する場合、その一任の趣旨は取締役会が如何なる退職金額を決定しても異存はないというものではないことは経験則上明らかであるがその一任を受けた取締役会に前記三、2、(一)、(二)で認定したとおりその支給に関する申し合せがあり、その申し合せは株主らの知りうべきものであること、及び被告古賀本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認められる右申し合せは同規模の他社のと比較しても大差はなく、恣意を許すものではないことから考えると、右一任の趣旨は黙示的に右申し合せに従い合理的に相当な範囲での金額の決定を取締役会に委ねるというものと解するのが相当である。

3.そうであれば、本件退職金の決議はその支給につき申し合せに基づき相当な金額の決定をすべきことを黙示的に示したものであって、商法二六九条に違反するものとはいえず、右決議を受けてなされた取締役会の決定もまた適法というべきである。

四、以上の次第で被告らの行為には違法性はないので原告の請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 有吉一郎)

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